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【Trader列伝】 Vol.10 バーナード・ドゥルリー~成功へ導いた研究プロジェクト
【FJトレーダー列伝】 参謀:梅田直人

05/11/11 13:28
【Trader列伝】 Vol.10 バーナード・ドゥルリー~成功へ導いた研究プロジェクト
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バーナード・ドゥルリー


【Futures Japanトレーダー列伝 Vol.10】   
バーナード・ドゥルリー
Barnard Drury
 
成功へ導いた研究プロジェクト
    
バーナード・ドゥルリーの分散投資ファンドは運用開始以来これまで、年間リターンでプラス収益を計上し続けている。世界中のファンドマネジャーが夢にまで見る快挙だ。もちろんそれだけでも十分驚きに値する。しかし、年間リターンが常に2桁台であることを考慮すると、もはや驚異的と言っても過言ではないはずだ。
 
<最新の記事は相場参謀本部で!>



 学生時代にはロシア語を専攻していた。もちろんロシア語が驚異の運用成績に結び付いたわけではない。ドゥルリーは成功の秘訣を「努力と少しばかりの幸運だ」と明かす。

 ダートマウス大学を卒業後ブローカー会社に就職、ミネアポリス穀物取引所の穀物トレーダーとして先物取引の世界に足を踏み入れた。トレードは国際性に富んだ業務であり、ロシア語の知識を活かせると思ったからだ。残念ながらロシア語を活かす機会は訪れなかった。だが、その一方でトレードへの傾斜は深まっていく。

 そして転職。ワシントンD.C.へ移り、穀物市場の分析、そして農業政策の穀物市場に対する影響について原稿を書き始めた。記者である。8年以上に及ぶ穀物市場への傾注。情報や出来事が特定の市場に与える反応を予測できるようになった。後にこの能力が大いに役立つことになる。

「トレードが恋しくて仕方なかった。だから1990年に、自己取引を始めるためシカゴに舞い戻ってきた」

 知識のある世界にこだわり、穀物の先物市場でスプレッド(サヤ取り)取引を始めたのは当然の成り行きだった。

「シカゴでMBA(修士号)を取得しようと決心したことが結果的に幸運につながった。授業の一環としてマネージド・フューチャーズ(先物ファンド)業界の研究をしたのだが、結局それが独自のCTA(コモディティー・トレーディング・アドバイザー)会社を設立するきっかけを与えてくれたからだ」

 研究は詳細に及んだが、それにより、かつて抱いていたトレーディングのイメージとは違う側面が見えてきた。

 こうしてドゥルリー・キャピタル社が誕生した。当初4年間は穀物市場に限定して取引したが、この間、ドゥルリーのトレードは3度の転換を経験した。穀物市場でのトレンドフォロー・テクニックだけでは満足できなかったため、より良い手法を探し出そうと決心した。

 ファンダメンタルズ分析に関しては自信があった。だが市場のダイナミックな動きを味方につけるには何かが足りないと思った。

「システム構築を最終目標にするつもりはなかった。必要なのは、ファンダメンタルズ・ベースのトレードを補ってくれるテクニカル的発想だった」

 その結実が長期テクニカル・システムだ。しかも穀物以外のマーケットでもうまく機能することが分かった。ファンダメンタルズから距離を置いたことで、さまざまな市場で通用するシステムの構築がより簡単にできるようにもなった。

 現在は先物だけをトレードしている。オプションのトレード経験も豊かだが、今のシステムや取引スタイルは先物により適しているからだ。

 ドゥルリーの分析手法は、過去の経験から得た知恵やアイデアの集大成だ。

「システムの完成には数年の時間を費やした。一晩でできるようなものではないし、20年近く相場を見続けていなければ、決して完成することはなかったはずだ」

 現在では、数多くのセクターで構成する分散ポートフォリオをトレードしている。システムは長期のトレンド・フォロー型相場でしか機能しないことを自覚している。だから短期、イントラデイ、カウンター・トレンドは喜んで他のトレーダーに譲ると言う。

 またシステムはパターン認識、テクニカル指標、統計を組み合わせていて売買サインを弾き出す。すべて数学的思考がベースだが、基本となる考え方は自身の市場観察に根差している。

 ファンド運用開始以来の5年間で、最悪の月間リターンは1997年10月の-9.35%。このとき-13.12%の最悪のドローダウンを記録している。その次に大きな月間ドローダウンは2001年の-6.20%だ。

 逆に98年8月には、19.34の最高月間収益率を上げている。年間では最低が99年の13.24%で、最高は98年の47.21%だ。

 これまでの好成績の結果、97年に240万ドルだった運用資産は2001年には1億100万ドルまで急増した。

「97年と98年に『優れた収益』を、99年と2000年には『比較的優れた収益』を上げた。また多くのトレーダーが苦戦した99年と2000年に大きなドローダウンを回避できたことが運用資産増加の理由だと思っている」

 97年のドローダウンは、株式と当時トレードしていた先物商品の現市場での「まとまった損失」が主因だという。その損失はシステムによるトレードを開始した最初の年に発生したものでもあり、それ以降は同規模の損失は出していない。

 この初期のドローダウンで、自分が構築したシステムを「傑作」と呼ぶには程遠いことに気付かされた。

「私の知る限り、私のトレード手法は他のトレンド・フォロアーによく似ている。収益で差がつくようになったのは、99年なり2000年になってからだ。

 初めのころは、ポートフォリオの選択の良し悪しが、収益に差を生む原因だと思っていた。しかし、そうではなかったのだ。2000年に月間ベースの成績を調べたところ、トレード・テクニックも収益の差に大きく関係していることが分かった」

 そのトレード・テクニックこそ、ロシア語学者からトレーダー、アナリスト、そしてCTAへと転身したドゥルリーを成功へ導いた「違い」に他ならない。

  
※この記事は月刊『Futures Japan』2001年8月号より転載したのです


(参謀:梅田直人)



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